富女子の話をはじめたら、自分の生き方の話になった

今朝「あさイチ」で「富女子(ふじょし)」というものが特集されていた。またワケのわからぬワードを流行らせるつもりだろうか。「富女子とは、若いうちから貯蓄や投資に熱心な女性」のことらしい。

あさイチに出ていた女性たちはたくましかった

今朝特集されてた29歳の女性は、給料より遥かに高い不労所得を得ていた。流し見していたので曖昧だが、確か給料は20万円台で、不労所得は90万円だったはず。

5年間で1000万円を貯めることを目標とするセミナーに通っている女性たちが映し出されていた。女性にとっては、結婚前の時期が一番貯蓄しやすいとのこと。参加していたある女性は、シングルマザーになる可能性もあるから、貯蓄をしておきたいというようなことを言っていた。シングルマザーの可能性を考えるなんて、最初から結婚しなければいいのにと思った。結婚したから離婚しないなんてことないから、考えておく必要もあるのかもしれないけど、そうなる可能性を考えたらそうなりそう。(←引き寄せの法則じゃないけどさ…)

それに比べて私は…

30歳になった私は、全然そういったことを考えてこなかった。不労所得なんてワード、今日はじめて知った←無知すぎる

成人してからなんとかなるさの精神でいくつかの仕事を転々としてきた。キャリアを積んでるわけでもないので、収入はこの10年で全然変わっていない。ボーナスなんてもらったこと無い。今朝テレビに映っていた同世代の女性たちは、私に比べて給料は遥かに多い。20万円の給料なんてもらったことがない。10万ちょっとの給料でこの10年近く生活をしている。実家にいた時は、貯金はもちろんできて、一度は100万円まで貯めた。(←それでも少ない方だと思う)そのお金で車を新しくした。その後ひとり暮らしをはじめて、今は貯金なんてほとんどできない。本当はもっとお金がほしい。収入のいい仕事をした方がいい。というか、したい。

お金だけじゃない、私は気づくのがいつも遅い

今朝映っていた女性が「私は体力がないので、いつまでも働けないから、不労所得を得る方法を学び、30歳までに不動産を持つと決めた」と言っていた。ほぼ同じ歳の彼女が気づけて、私はなぜ気づけない。

私が体力が無いほうだって気づけたのは、つい最近。30歳だし、みんなこんなもんだと思ってた。でも気づけば、私は人より体力がないみたい…どうやってみんな気づいた?私はすぐ疲れるのは頑張りが足りないからだと思っていた。頑張れば周りと同じようになれると思っていた。でも人それぞれ違うから、体力だって違う。私はいつも人と比べてたから、それに気づけていなかった。人と同じに私もなれるって思っていた。(人と比べていたら気づけそうなものだが、私は逆に比べたがゆえに、自分も同じようになれると思ったほうだった)でもなれない。人と同じにはなれない。私も彼女と一緒で、体力がないほうだ。だから彼女みたいな考えをもっと早くに気づかなくてはならなかったはず…

いつだってそうだ。四大に行かず、短大に行った。なんとなく決めた短大。あとから気づいた。大学の時って自分をいろいろ試せる時だって。だったら2年より4年のほうがきっと良かったはず…短大の頃の私は、ずっと引きこもりのようにアパートにいた。バイトに行くのも億劫。つまらないと思っていたから。それなら楽しめるかもって思えるものを試せばよかったのに、惰性でバイトしていた。就職だってなんとなく決めた。就活を頑張るのなんて一時なのに、その時くらい頑張ればよかったのに、やってみたいと思った職場にチャレンジしてみればよかったのに。恋愛だってそう。彼氏なんてそのうちできると思っていた。みんなできていたし、私だって時間が経てばできるって思っていた。でも違う。みんな努力してる。好きな人ができて付き合っても、ひとりでいた時間が長すぎて、寂しいとか感じないから、常に一緒にいるのが辛かった。ひとりでいたいと思うほうが多かった。きっと学生時代に誰かと付き合って、ずっと一緒にいたいって思う経験があったら、ここまでドライじゃなかったのかもしれない。・・・・・・あー全部タラレバな話。過去をこうすればよかったなんて無駄な話。これから頑張ればいいだけの話。

話はだいぶそれましたが…

お金はあったほうがいい。安心。もっとほしいって思っている。なのに勉強してない私。そりゃ私のもとにお金なんてやってこないわ。株とかFXとか、そういうのも全くわからない。いつまでも子供。幸か不幸か、お金に困らずやってこられた私は、必死さがないのかもしれない。将来もなんとかなるって。悩んでいるようで、なんとかなるって思ってるんだと思う。「〜だと思う」って言ってるのは、自分でも他人事だからそう言ってる。そういえば、口癖も「〜だと思う」「〜だと思って」とかそんな感じ。自分に自信がなく、責任を負いたくないからだろう。

きっと私は私の人生を生きてるようで生きていない。必死に生きてないから、何事にも夢中になれないんだ思う。